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最高裁判所大法廷 昭和42年(行ツ)52号 判決

上告人

林源一

上告人

佐藤志ず

上告人

観音寺

右代表者代表役員

梅田正香

被上告人

愛知県知事

桑原幹根

被上告人

農林大臣

倉石忠雄

被上告人両名指定代理人

香川保一

外二名

被上告人愛知県知事指定代理人

山田純正

伊藤暉男

被上告人愛知県知事訴訟代理人弁護士

花村美樹

被上告人農林大臣指定代理人

田中瑞穂

外三名

主文

原判決中被上告人愛知県知事に対する農地売渡処分の取消請求および被上告人農林大臣に対する土地売払義務確認請求に関する部分を破棄し、第一審判決中右部分を取消す。

右部分につき本件を名古屋地方裁判所に差し戻す。

原判決中被上告人農林大臣に対する訴願裁決の取消請求に関する部分に対する上告人らの上告を却下する。

前項に関する上告費用は上告人らの負担とする。

理由

上告人らの上告理由第二点について

自作農創設特別措置法(以下、自創法という。)三条により国から買収処分を受けた農地の旧所有者またはその一般承継人(以下、旧所有者という。)が右農地につき都道府県知事のした農地法(以下、法という。)三六条による売渡処分の取消しを求めることができるためには、右売渡処分が取消され、当該土地の所有権が国に復帰するならば、農林大臣が法八〇条によつて旧所有者に当該土地を売り払わなければならない場合であることを要する。けだし、旧所有者にそのような法律上の利益が認められなければ、行政事件訴訟法九条により旧所有者に右取消しについて原告としての適格を認めることができないからである。

都道村県知事が自創法三条により買収した農地については法八〇条の適用があり(自創法三条、四六条、農地法施行法五条、法九条、七八条一項参照)、法八〇条一項は、農林大臣において買収農地が政令の定めるところにより自作農の創設または土地の農業上の利用の目的に供しないこと(以下、自作農の創設等の目的に供しないことという。)を相当と認めたときは、これを売り払い、またはその所管換もしくは所属替をすることができる旨を定め、同条二項は、右の場合には農林大臣は当該土地を旧所有者に売り払わなければならない旨を定め、しかも、農地法施行令(以下、令という。)一六条四号は、買収農地が公用、公共用または国民生活の安定上必要な施設の用に供する(以下、公用等の目的に供するという。)緊急の必要があり、かつ、その用に供されることが確実な土地であるときにかぎり農林大臣において法八〇条一項の認定をすることができる旨を定めている。

私有財産の収用が正当な補償のもとに行なわれた場合においてその後にいたり収用目的が消滅したとしても、法律上当然に、これを被収用者に返還しなければならないものではない。しかし、収用が行なわれた後当該収用物件につきその収用目的となつた公共の用に供しないことを相当とする事実が生じた場合には、なお、国にこれを保有させ、その処置を原則として国の裁量にまかせるべきであるとする合理的理由はない。したがつて、このような場合には、被収用者にこれを回復する権利を保障する措置をとることが立法政策上当を得たものというべく、法八〇条の買収農地売払制度も右の趣旨で設けられたものと解すべきである。

もつとも、法八〇条一項には、農林大臣がその管理する土地を「売り払うことができる。」とあるので、同項は単に農林大臣に右売払いの権限を与えたにとどまり、売払いの義務を負わせていないかの観があるが、同条二項は農林大臣の管理する土地が買収農地であるときは、「売り払わなければならない。」と定めているのであるから、右両規定と前示売払制度の趣旨とを合わせ考えると、当該土地が買収農地であるかぎり、これを自作農の創設等の目的に供しないことが相当であるという事実が客観的に存すれば、農林大臣は内部的にその認定を行ない旧所有者に売り払わなければならないという拘束を受け、旧所有者は農林大臣に対し買受けに応ずべきことを求める権利を有するものであり、令一七条により農林大臣が旧所有者に対してする法八〇条一項の認定の通知は、旧所有者が右買受請求権を有する旨の告知にほかならないものと解するのが相当である。そうして、法八〇条による買収農地の旧所有者に対する売払いは、当該土地につき自作農の創設等の用に供するという公共的目的が消滅しているわけであるから、一般国有財産の払下げと同様、私法上の行為というべきである。

ところで、令一六条四号が、前記のように、買収農地のうち法八〇条一項の認定の対象となるべき土地を買収後新たに生じた公用等の目的に供する緊急の必要があり、かつ、その用に供されることが確実なものに制限していることは、その規定上明らかである。その趣旨は、買収の目的を重視し、その目的に優先する公用等の目的に供する緊急の必要があり、かつ、その用に供されることが確実な場合にかぎり売り払うべきこととしたものと考えられる。同項は、その規定の体裁からみて、売払いの対象を定める基準を政令に委任しているものと解されるが、委任の範囲にはおのずから限度があり、明らかに法が売払いの対象として予定しているものを除外することは、前記法八〇条に基づく売払制度の趣旨に照らし、許されないところであるといわなければならない。農地改革のための臨時立法であつた自創法とは異なり、法は、恒久立法であるから、同条による売払いの要件も、当然、長期にわたる社会、経済状勢の変化にも対処できるものとして規定されているはずのものである。したがつて、農地買収の目的に優先する公用等の目的に供する緊急の必要があり、かつ、その用に供されることが確実であるという場合ではなくても、当該買収農地自体、社会的、経済的にみて、すでにその農地としての現況を将来にわたつて維持すべき意義を失い、近く農地以外のものとすることを相当とするもの(法七条一項四号参照)として、買収の目的である自作農の創設等の目的に供しないことを相当とする状況にあるといいうるものが生ずるであろうことは、当然に予測されるところであり、法八〇条は、もとよりこのような買収農地についても旧所有者への売払いを義務付けているものと解されなければならないのである。したがつて、同条の認定をすることができる場合につき、令一六条が、自創法三条による買収農地については令一六条四号の場合にかぎることとし、それ以外の前記のような場合につき法八〇条の認定をすることができないとしたことは、法の委任の範囲を越えた無効のものというのほかはない。

これを要するに、旧所有者は、買収農地を自作農の創設等の目的に供しないことを相当とする事実が生じた場合には、法八〇条一項の農林大臣の認定の有無にかかわらず、直接、農林大臣に対し当該土地の売払いをすべきこと、すなわち買受けの申込みに応じその承諾をすべきことができ、農林大臣がこれに応じないときは、民事訴訟手続により農林大臣に対し右義務の履行を求めることができるものというべきである。したがつて、このような場合に都道府県知事が右土地につき売渡処分をしたときは、旧所有者は、行政訴訟手続により右処分の取消しを求めることができるものといわなければならない。

なお、法八〇条に基づく農林大臣の認定、あるいは同条に基づく農林大臣の売払いを行政処分とみる見解があるが、右認定は、その申立て、審査等対外的の手続につき特別の定めはなく、同条の定める要件を充足する事実が生じたときにはかならず行なうべく覊束された内部的な行為にとどまるのであるから、これを独立の行政処分とみる余地はないし、また、昭和三七年法律第一六一号による改正前の法八五条が法三九条一項所定の農地等の売渡通知書の交付に関しては、訴願による不服申立方法を認めていたのにかかわらず、法八〇条の土地売払いに関してはそのような不服申立方法を認めていなかつたこと、および法三九条一項の売渡通知書による売渡しの対価の徴収には農地対価徴収令の定めがあり、その不払いには国税徴収の例による処分がされるが(法四三条)、右売払いの対価にはそのような定めのないことから考えても、売払いを行政処分とみることはできない。

これを本件についてみると、本件各土地は上告人らあるいはその先代の所有に属していたが、昭和二二年一二月二日自創法三条により国に買収され、その後売渡処分のないまま、京都農政局長の認許によつて昭和二八年一二月一六日稲沢都市計画事業稲沢土地区画整理の地区に編入されたが、被上告人愛知県知事は、昭和三六年一一月二日法三六条により本件各土地の売渡処分をしたことは、原審の確定したところである。

上告人らは、京都農政局長が右認許をした以上、法八〇条一項による農林大臣の認定があつたものと主張するけれども、土地区画整理事業地区への編入によつて当該土地が直ちに自作農の創設等の目的に供しないことが相当となるものではなく、右認許をもつて同項による農林大臣の認定のあつたものとすることはできないとした原審の判断は正当である。

しかし、本件各農地売渡処分の取消しを求める訴えの利益の有無を判断するにあたつては、本件各土地につき自作農の創設等の目的に供しないことを相当とする事実が存するかどうかを審理すべきであるのに、原審がこれをすることなく、旧所有者は同項の認定のあつた土地に対する売渡処分についてのみその取消しを求める訴えの利益を有するものであるところ本件各土地については右認定がないとして上告人らの右訴えの利益を否定したのは、法律の解釈を否定したのは、法律の解釈を誤つたものといわなければならない。

さらに被上告人農林大臣に対する本件各土地の売払義務確認の訴えについては、法八〇条による売払いを私法上の行為と解すべきことは、前述のとおりであるから、釈明の結果によつては、右訴えを売渡処分の取消判決の確定を条件として売払いをすべきことを求める将来の給付の訴えとすることができる余地があるので、単に公法上の売払義務確認を求めるものとして裁判権がないことを理由に右訴えを却下した第一審判決およびこれを支持した原判決は、いずれも法律の解釈を誤つたものといわなければならない。

なお、原判決中被上告人農林大臣に対する訴願裁決の取消請求に関する部分については、上告人らは上告の理由を記載した書面を提出しない。

よつて、被上告人愛知県知事に対する農地売渡処分の取消請求に関する部分については、その余の判断をするまでもなく原判決を破棄すべきこととなるが、訴えの利益に関し本件各土地が同条による売払の対象となるかどうかについて、さらに第一審裁判所に審理させるのを相当と認め、また、その審理の結果いかんによつては、被上告人農林大臣に対する土地売払義務確認請求に関する部分についても審理を加える必要があることとなるため、原判決中右各請求に関する部分を破棄し、第一審判決中右部分を取り消し、右部分につきにつき本件を名古屋地方裁判所に差し戻し、被上告人農林大臣に対する訴願裁決の取消請求に関する部分に対する上告人らの上告を却下することとし、行政事件訴訟法七条、民訴法四〇八条、三九六条、三八六条、三八六条、三八八条、三八九条一項、三九九条の三、三九九条、三九八条、九五条、八九条、九三条に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。

裁判官草鹿浅之介、裁判官松田二郎は退官につき評議に関与しない。(石田和外 入江俊郎 長部謹吾 城戸芳彦 田中二郎 岩田誠 下村三郎 色川幸太郎 大隅健一郎 松本正雄 飯村義美 村上朝一 関根小郷)

上告人の上告理由

第一点 〈略〉

第二点 宅地としての利用を増進するため都市計画法に基く土地区画整理が施行され既に従前の土地の三割に及ぶ減歩負担を受け工事がほぼ完成している土地が現在耕作されているからといつて、これをもつて直ちに農業生産力の増進を図るための土地、即ち農地法に云う農地であるとすることは違法である。

昭和三二年一〇月八日第三小法廷判決、昭和三〇年(オ)第三七九号農地買収処分取消請求事件(最高裁判所判例集第一一巻第一〇号一七二六頁)

① 本係争土地は昭和二十八年八月二十六日都市計画法旧第十三条第一項但書の規定により宅地としての利用増進をするため土地区画整理事業を急施する必要があるとして国(建設大臣)により施行を命ぜられて施行している稲沢都市計画稲沢土地区画整理事業地区内に介在する土地であるが当時国有地であつた本件土地は都市計画法旧第十二条第二項により準用する耕地整理法第四十三条第一項本文により区画整理事業地区に編入することはできないことは明白である。

ところが被上告人農林大臣は農業生産力の増進を図るため農地法第七十八条の規定により管理していた本件土地を、その国有目的と氷炭相容れない使用目的たる宅地としての利用を増進するために農地としては経済上受け容れることの出来ない従前の土地の三割にも及ぶ減歩負担が予想される前記稲沢土地区画整理事業地区へ編入することを京都農地局長名を以つて昭和二十八年十二月十六日認許し、被上告人愛知県知事は三割に及ぶ減歩負担のある前記稲沢土地区画整理事業の施行規程を許可した。

これらの被上告人等の処分は「本件各土地が農業上の利用増進の用に供しないことが相当である」との認識の基に、農地性格を央つた土地、又は農地性格を失わすことが適当である、との処分であることは農地の土地区画整理事業を規制する土地改良法に於て「従前の土地の地積に対する増減の割合が二割にみたないこと」(同法第五十三条第一項第二号)と換地負担を規制していることにより明白である。

② 仮りに被上告人等の右処分が直ちに本件土地の非農地認定処分又は農地法第八〇条の認定でないにしても、これらの処分により稲沢土地区画整理が本件土地に対し従前地の三割を減歩負担として賦課しこの賦課部分土地を広大道路、公園等の農業と何等関連のない都市施設の用地並びにその施設築造費造成のため仮換地保留地の名目の基に農地法上の何等の拘束もなく宅地に転用される等の農地としては経済上受け容れることの出来ない損失を蒙つているにもかゝわらず農地法の運用権を持ち、農地保護の責に任ずる被上告人等が本件農地(?)の保護のため整理地区編入認許の取消、減歩を土地改良法所定の二割以内に縮減する処置の申入れ等の処置を構ずることなく放置していることは本件土地は農地性格を失い宅地として利用することが相当である土地であると被上告人等が認定しているものである。

③ 本件土地の所在する稲沢土地区画整理事業地区内の農地の農地転用許可申請事案について被上告人愛知県知事は転用地に隣接する農地に対する被害の有無については、都市計画法に基く土地整理地区内土地であるとの理由の基に、何等の考慮をすることなく(甲第六号証)機械的に転用を許している(福岡高裁昭和三三年二月十三日判決、昭和三二年(ネ)第七二五号農地転用許可処分取消請求事件=農地関係法令集((農林省農地局監修第一法規出版))第一巻一二四頁参照)ことは稲沢土地区画整理地区内土地(本件地は同地内にある)は農地性格を失つている土地であると被上告人が認定しているものに外ならない。

④ 一般農地に対する農地転用許可申請事案について被上告人は申請土地の二〇乃至二五%の部分が非農地化(建蔽等)することにより申請全土地の転用と見做して処理していることは周知の事実であることを勘案した場合三割に及ぶ土地の非農地化のある土地区画整理地区への編入認許並びに整理事業施行規程の認許が本件地の非農地宣言であることも又当然と見做すべきである。

以上の何れの点よりしても本件土地は被上告人等が農地性格を失つた土地で「宅地として利用することが相当である土地」と認定している土地で農業生産力の増進を図る土地でないことは明白である。

然かも本件土地の近傍には次々と建物が築造せられ通風採光等が悪化し農業生産が日々減退している本件土地をもつて農業に精進し得る土地であるとして農地法第三九条により売渡しを行つた被上告人の処分は職権濫用で憲法第十二条、同第十四条、同第二九条に違反するものと確信する。

第三点 〈略〉

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